読書感想
「買ってください」の商品・サービスの宣伝は嫌われる
水は商品だと思われていませんでした。よって、「水を商品にする」という概念を作った企業が勝ちました。
次に、質が求められるようになりました。「南アルプスの天然水や六甲のおいしい水」など、質を保障する言葉が商品名に入るようになりました。水の「モノと質の時代」です。
質の次は「デザインの時代」です。ペットボトルは捨てやすい「い・ろ・は・す」が売れるようになりました。「い・ろ・は・す」には、デザインと同時に「ストーリー」も入り始めています。「環境にさしい」と言う情報が付加されているのです。
さらに「ボルヴィック」の広告キャンペーンでは、消費者が一見関係ないような「外側の世界の通り」で消費者に訴えかけます。ボルヴィックを1リットル買うと、アフリカで清潔な水が10リットル生まれる、というものです。
水という例からも「ストーリーを売る時代」になってきていることが確認できます。
〜中略〜
世の中のほとんどの記事は「商品を買ってください」と頼んでいます。消費者は、頼まれすぎているから、それだけで嫌になってしまうのです。
「商品を買わせてください」と思うということは、ストーリーを自分のものとして取り入れて、その商品自体を「自分ごと」として思っているということでしょう。この「自分ごととして思わなければ人は動かない」というのも、実は今の時代の特徴です。「共感」 「自分ごと」は、これからの重要なキーワードだと考えます。
「僕らの仮説が世界をつくる」/佐渡島庸平 ダイヤモンド社より抜粋
人を他より気高くするのは、どれたけ他の人より感じるかである
備忘録メモ
“100年ほど前、イギリスのある社会学者が、「人を他より気高くするのは、どれたけ他の人より感じるかである」と言ったそうだが、「気高く」を「才能豊かに」に置き換えればそのまま仕事にも通用する。”
“根拠の無いサインを出すのがとにかく嫌いで、一球一球に全て必然性を加味してきた。だからヤマカン、第六感、イチかバチか、ひらめき、カンピューターなど私の考え方は相容れない。”
“「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」勝ったときは謙虚な気持ちを忘れないために。負けたときは敗因を深く究明して自戒するために。”
「物数(ものかず)を極め、工夫を凝らす」
備忘録メモ
これはある学校の先生に教えていただいた世阿弥の言葉だ。世阿弥とは能の大成者。
世阿弥は能の最高到達点を「花」といった。ポイントは「花」には二つあるということ。
一つは、時分の花。
一つは、まことの花。
「時分の花」とは一時のニセモノの花を指す。というのは、年少から舞台に立つ能役者は、
十四、十五歳前後になると一応の知識や技術は全て身につけ、一方、体はほっそり柔軟で、どんな動きにも応じていける。それを端から見ると「天才」に映る。けれども、その年頃を過ぎると、ほとんどの能役者が”ただの役者”に戻ってしまう。「うまい」とチヤホヤされて慢心するからである。というわけで「時分の花」。
置かれた環境をどう捉えるか?で益にも害にもなる
病める貝にのみ真珠は宿る
アコヤ貝は異物に侵入されると、本当は除去したいのですが、それができないので、異物を膜で巻いてしまいます。こうして出来るのが天然真珠で、人為的に異物を入れて作られるのが人工真珠です。
つまり、「病める貝にのみ真珠は宿る」わけです。企業も人間も、全てが完全だという事はなく、悪いところが必ずあるものです。現実を改めて見つめ直して、「自分には悪いところがあるんだ、病気があるんだ」と言うことを認識し、もっと健康体になろうと努力していくことが一つの原点なのです。
伝説の灘高国語教師のが教える勉強法
1教科1教師の持ち上がり担当制で6年間の中高一貫教育の学校で、国語教師の橋本武さんが担当した年の学年は東大合格者数全国一位となり、その後も担当した6年おきに百数十名を東大に送り込んだという先生。一体どんな授業をやっていたのでしょうか?
橋本武さんは戦後、墨塗りだらけになってしまった教科書を使うのを止め、中勘助の「銀の匙(さじ)」を教科書代わりに授業を進めました。
主人公の心情の追体験にも重点を置き、話に出てくる凧を作ったり、同じ駄菓子をみんなで試食する。旧暦の暦、外国語を表記する漢字など、わからない言葉が出てきたら横道にそれて徹底的に調べる。その中にこそ学びの本質であると考えていたとのことです。